非電化の運動論

百万人のキャンドルナイト
有機工業運動
ーシャルアントレプレナー
 (またはスロービジネス)


■ 
百万人のキャンドルナイト

 2003年の夏至の夜、東京タワーの照明が消されました。横浜ベイブリッジの照明も消されました。札幌の時計台の照明も奈良興福寺の照明も消されました。「百万人のキャンドルナイト」の呼び掛けに呼応して、8時からの2時間、電灯を消した人が、全国で500万人に達したそうです(毎日新聞調査)。驚きました。

「百万人のキャンドルナイト」は、辻信一さんや中村隆市さんや藤田和芳さんが中心になって企画して呼び掛けました(呼びかけ人の一人として私も名前を連ねさせてもらいましたが何もしていません)。辻信一さんは、明治学院大学で文化人類学の教鞭を取る傍ら、NGO団体「ナマケモノ倶楽部」の世話人をしている(大学よりはこちらの方に熱心?)愉快な人です。辻さんが書いた『スロー・イズ・ビューティフル』(平凡社)はベスト・セラーになって、こんにちのスロー・ライフ・ブーム(?)の火付け役になりました。中村隆市さんは、根っからの市民活動家です。辻さんやアンニャ・ライト(シンガー・ソング・ライター、在オーストラリア)と「ナマケモノ倶楽部」の世話人をしています。株式会社ウィンドファームの代表でもありますが、会社経営よりは「ナマケモノ倶楽部」の活動の方に熱心です(これで会社が成り立っているので、いつも感心しています)。藤田和芳さんが率いる「大地を守る会」は、よく知られている通り、無農薬有機栽培の普及活動を、25年くらい前から粘り強く進めてきた団体です。無農薬有機栽培が日本でも定着しつつありますが、この会の活動抜きには考えられないことです。辻さん・中村さん・藤田さん‥‥弱い人と地球のために骨身惜しまず活動しているのですが、こういう活動をしている方に有りがちな角張ったところが0%、ソフトでユーモラスな人たちです。「百万人のキャンドルナイト」への呼びかけ文はこうでした。

   私たちは[100万人のキャンドルナイト]を呼びかけます。
2003
年の夏至の日、622日夜、8時から10時の2時間、
みんなでいっせいに電気をけしましょう。
ロウソクのひかりで子どもに絵本を読んであげるのもいいでしょう。
しずかに恋人と食事をするのもいいでしょう。
ある人は省エネを、ある人は平和を、
ある人は世界のいろいろな場所で生きる人びとのことを思いながら。
プラグを抜くことは新たな世界の窓をひらくことです。
それは人間の自由と多様性を思いおこすことであり、
文明のもっと大きな可能性を発見するプロセスであると私たちは考えます。
一人ひとりがそれぞれの考えを胸に、
ただ2時間、電気を消すことで、
ゆるやかにつながって「くらやみのウェーブ」を
地球上にひろげていきませんか。
2003
年、622日、夏至の日。よる8時から10時。
でんきをけして、スローな夜を。
100
万人のキャンドルナイト。 

こういう、ソフトな呼びかけではじめられたNGOの「百万人のキャンドルナイト」に、アーティストや環境省や自治体や企業や公共施設が呼応して、大きなうねりになり、500万人が参加するという、かってない快挙を実現するに至ります。500万人という数字も驚きでしたが、とかくNGO活動にはソッポを向きたがる省庁・自治体が同調して増幅したというのも画期的です。都会から田舎まで、お年寄りから若者まで‥‥広い層が参画したというのもスゴイことでした。「なにかおかしい」「なにかしなければ」という問題意識は随分強かったのでしょう。ネットワークの時代・共感の時代・インターネットの時代でもあります。そこへ持ってきて辻さんや中村さんのソフトなセンス――これで500万人――多くの人が勇気付けられて、学ばされたできごとでした。私も勇気付けられました。

これだけで変わるほど病は軽くないのでしょうが、これをきっかけに何かが変わり始めるような気がします。

■ 有機工業運動

今、“電化”の波が発展途上国に押し寄せています。中国の人たちに「いま一番欲しい物は?」と聞くと、(意外なことに)「冷蔵庫」という答えが一番です。車・テレビ・エアコン・洗濯機を離して断然一位です。インドの人たちに同じ質問をすると、「洗濯機」という答えが一番でした。インドネシアやブラジルでは「エアコン」が一番でした。

中国やインドやインドネシアやブラジルで、冷蔵庫やエアコンや洗濯機が(今の日本くらいに)普及したことを想定して計算してみますと、地球は完全にアウトです。計算違いと思って友人(環境問題の専門家)何人かに投げかけてみましたが、計算違いではなさそうです。大袈裟に考えすぎのような気もするのですが、事態はそっちに向かってまっしぐらです。何かできることは‥‥と考えて思い付いたのが“非電化製品”です。電気を使わないエアコンや冷蔵庫や洗濯機や掃除機――ちょっとは面倒でも、たくさんは面倒でない――を発明してプレゼントして上げたらどうかな‥‥と考えました。日本やアメリカの電化製品に憧れている人たちに、(これなら地球がアウトにならないと言っても)「ちょっと面倒」は有難迷惑でしょうから、発明の権利もタダで差し上げることにして、「実用化してレベルを高めてから日本に輸出すれば儲かる」というオマケを付ければ若しかしたら‥‥というのが私の作戦です(「国賊め!」と誰かから叱られそう・・・)。

試作品を携えて中国やインドに出向いてみました。「これを、この国で実用化してみませんか?」というわけです。 (予想通り)キョトンとされてしまいましたが、涙を流して喜んでくれた人も(二人だけですが)いたので、 かすかに脈はあるかもしれません。 新しいものを生み出すことを30年もやっていますから、なかなか受け入れてもらえないのには慣れています。 涙を流して喜んでくれた人が2人もいれば上々です。「日本でやればいいじゃないか、日本やアメリカが一番環境を悪くしているのだから‥‥」という(これも予想通りの)反発もくらいました。 本当にその通りなのですが、その通りには行かない‥‥というのが私の意見です。 ボタン一つで後は全部やってくれる‥‥こういう便利さに慣れてしまった日本では“ちょっと面倒”に耐えてくれる人がいるとは思えなかったからです(私の妻ですら耐えてくれるか疑問です)。 「新しい選択肢を提供するのが発明家の仕事」というのは私の持論ですが、いくら選択肢を提供するといっても、選ばれる可能性が無い選択肢の提供は難儀でいやです。

 そこに、中村隆市さん登場。 中村さんは、ブラジル・ジャカランダ農場のカルロスさんのパートナーとして、有機コーヒーの輸入・販売を展開しています。 中村さんは根っからの市民運動家です。北九州の生協の職員として無農薬農業の普及に携わった後、独立して「有機農産物産直センター」を起こします。 チェルノブイリ原発事故被害者の支援運動を組織して全国に展開したり、九州における再生可能エネルギーの推進運動で活躍したり、NPOの「ナマケモノ倶楽部」を組織したり‥‥地味ですが堅実な活動を楽しそうにやっています。 中村さんは優しい口調で厳しいことを言います。 「エネルギーを大量に使っている日本でやらないでどうする。 だいたい藤村さんは日本人を馬鹿にしているのではないか? 環境にいいことなら、少しくらい面倒くさくたってやる日本人はたくさんいる」と、こうです。 それから「いや、いない」「いやいる」‥‥「いても十万人に一人だ」「いや1万人に5人だ」‥‥こういう議論をしている内に、段々中村さんの情熱に押されて、今では(まだ半信半疑ですが)日本でも選択肢の一つに選んでくださる方が1万人に一人くらいはいらっしゃるかもしれない‥‥と思い始めました。

 工業製品はたくさん作らなければ“とてつもなく”高いものにつきます。 累積千台作った会社が次に千台作る場合と、累積十万台作った会社が次に十万台つくる場合の、製造原価の違いはどれくらいと思いますか? 10倍以上です。“とてつもない”差なのです。 非電化製品を“とてつもなく”高い価格で提供するのはいやですし、(見切り発車で)たくさん作ってしまって、売れなくて苦労するのも面白くありません。

そこで中村さんと私とで考えた作戦は、「産直と予約注文の合わせ技」です。 産直というのは、農産物の産地直送販売のように、流通を通さずに製造者が消費者から直接に注文を受けて直接に届けることです。 予約注文というのは、まとめて作れば(ほどほど)安くできる一定量を定めて、予約注文の数がその量に達したら製造することです。 この方式ですと、「非電化冷蔵庫」は3千人集まれば3万円、「非電化洗濯機」は3千人集まれば4万円、「非電化除湿機」は千人で1万5千円、「非電化掃除機」は千人で1万円‥‥くらいで提供できそうです。 リモコン式の電気扇風機が1980円で買える時代に、これが手頃な価格かどうかは、よく判らないのですが、「誰も儲けないけど誰も損しない」ことだけは確かです。有機農業の普及活動に長年携わってきた中村さんは、この方式を有機工業運動と名づけました。 少し硬い言葉ですが、私も賛成しました。

作れば作るほど、製造原価は安くなるのですが、後から買う人が安く買うのでは、先に買ってくださった方に申し訳ありません。 新しい物は、とかく品質が安定しませんから、先に買う人にはリスクを背負っていただくことになります。 勇気もだしていただけねばなりません。 言わば恩人です。 恩人に報いる方法は無いか?――中村さんと考えてみました。後で安くなったら、差額を先に買ってくださった方に戻す(感謝を込めて!)‥‥というアイディアに辿りつきました。他にもアイディアいろいろ‥‥愉しくなってきました。

中村さんは「非電化運動ネットワーク」を立ち上げて仲間を募って下さっています。 有機農業の普及活動に長年携わってきた中村さんは、この方式を有機工業運動と名づけました。 市民運動家の中村さんらしい地味だけど愉しい行動です。 仲間がたくさんになって、「愉快な非電化」を実現できるといいな‥‥と願っています。

ソーシャル・アントレプレナー(またはスロー・ビジネス)
 ソーシャル・アントレプレナーというのは、社会的にいいこと(環境を守ったり、人びとの幸せを実現するというようなこと)をビジネスとして展開する起業家のことです。 一般の起業家が利益や成長を優先するのに対して、ソーシャルアントレプレナーは社会性を優先します。 利益を上げるところがNPO法人(非営利公益法人)との違いですが、過剰な利益を追求したり、社会性を犠牲にしたりすることはしません。

ソーシャル・アントレプレナーという言葉は15年ほど前にイギリスで生まれました。 利益のみを追求する20世紀型工業社会の行き詰まりや個人的な無力感を感じた若者がはじめに立ち上がりました。 そして最近では、脱工業社会あるいは地域の再生のために必要不可欠な存在として、また若い世代の新たな仕事・生き方の選択肢として、ヨーロッパ全体でポピュラーになってきました。 

 日本でも5年ほど前から期待が高まってきました。 政府や自治体主導で振興策が進められたりして、すこし嘘っぽくなっていますが、これは政府の重要政策課題である地域再生を進める観点からソーシャルアントレプレナーの重要性が認識されたためです。 一方、嘘っぽくない話も増えてきました。若い世代が新たな生き方としてソーシャルアントレプレナーの道を歩み始めた例も増え始めました。 子を持つ主婦や、一線を退いた熟年世代からもソーシャルアントレプレナーが生まれ始めています。  ソーシャルアントレプレナーと地方議員の輩出を目的として掲げる一新塾も盛況のようです(藤村もすこし手伝っています)。

中村隆市さんは、04年5月22日にスロービジネススクールを始めました。 中村さんが校長で、藤村もすこし手伝っています。 入学試験(と言っても、『愉しい非電化』等の課題図書を読んで感想文を送るだけ)に合格した100人が入学しました。 このスロービジネススクールはユニークです。 年に2〜3回の合宿以外は自分の家でスロービジネスを実践し、その経験や感想を生徒同士がインターネット上のメーリングリストでやり取りするだけ。 教師(?)は何も教えません。 期間は1年間で、受講料3万円。 地方にいても、お金がなくても参加できる――インターネット時代ならではの気軽さです。 こんな無責任なスクールが成り立つのか?‥‥とお思いでしょうが、盛り上がっています。 

「スロービジネス」と言う言葉は、中村隆市さんや辻信一さんの造語です。 「いいことをビジネスとして、ゆっくり愉しみながらやろう‥‥」というイメージを、新しい言葉にしたものですが、ソーシャルアントレプレナーという言葉が政府主導で嘘っぽい雰囲気になり始めているので、この「スロービジネス」という言葉の方がいいかもしれません。   

 ソーシャルアントレプレナー(あるいはスロービジネス)の経営スタイルは、ベンチャー起業家と対極です。 ベンチャー起業家は成長ビジネス・先端技術・流行技術をテーマとしますが、ソーシャルアントレプレナーはQOLビジネス(Quality of Life の略。環境や健康など、生活の質を高めるビジネス)やフェアトレード、地産地消などをテーマとします。 ベンチャー起業家が個人的な夢をエネルギーにするのに対して、ソーシャルアントレプレナーは人との共感をエネルギーにします。 ベンチャー起業家がスピードを身上として弱肉強食の世界の覇者を目指すのに対して、ソーシャルアントレプレナーは消費者との共感を身上として、無理せずゆっくり愉しみながら、いい社会の実現を目指します。

ソーシャルアントレプレナー(あるいはスロービジネス)のテーマの一つとして「非電化」を位置づけてみては如何でしょうか? 非電化は先端技術(ハイテック)ではありませんから、地方都市でも十分に生産が可能です。 流行技術でも成長市場でもありませんから、消費者の共感が無くてはビジネスが成立しません。 非電化に共感を感じて応援してくださる消費者は少数派でしょうが、共感は強そうです。 消費者と一緒にビジネスを育てることができれば、面白くなりそうですね( 実は、スロービジネススクールのテーマの一つは非電化です)。


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